映画Winnyを見て
久しぶりの映画
Winnyという映画を見てきたので、アウトプットの練習がてらネタバレしない程度に書いてみる。あと、法律見解を書きますが、法律に関しては素人なので、間違っていたらすいません。
事件と映画概要
WinnyというP2Pを使ったファイル共有ソフトが2000年代に流行して、なぜかソフトウェアを作った金子 勇氏という人が逮捕された話で、その事件で奮闘した弁護士と金子 勇氏の話をドキュメンタリーで描いた映画でした。
なぜ、金子氏は逮捕されたか?
著作権法違反幇助の罪
著作権違法とは他人の著作物を無断で使用することで、幇助(ほうじょ)とはそれを手助けすることをいいます。
- 幇助とは
実行行為以外の行為で正犯の実行行為を容易にする行為一般を指す(Wikipedia引用)
- 例えば
無免許の人に車を貸した場合
- 正犯 無免許運転をした人
- 幇助 車を貸した人
(これ詳しく書いてると俺がやったみたいに思われるけど、知合いが無免許運転のほ幇助で捕まっているので、詳しく知ってるだけです。)
- 当時の認識
当時は著作権法違反で捕まったと思い込んでいたので、ソフトウェア作った人を無理やり捕まえて、横暴すぎると思っていたが、幇助って罪名を知るとなるほどと思う。
この事件を担当した壇弁護士の後のテレビ取材で、幇助の罪の適用範囲が曖昧なので、降って湧いて来たのがWinny事件だったとのことでした。
事件の問題点
- 調書にサインさせる過程が悪質
- 罪状認否を飛ばして裁判が始まってしまった
- 国家機関の権限が強すぎる
- 無罪の場合の社会的な信用回復が難しい
調書にサインさせる過程が悪質
あくまでも、映画なので多少の脚色もあると思うけど、調書へサインをさせる過程が悪質な点があった。金子氏に事件の協力を得る目的で、警察が作った誓約書にサインをさせたが、その誓約書が警察側の一方的な意見を書いた物であった。
また、当初は誓約書へのサインだったが、その誓約書が陳述書(裁判で証言することをまとめた書類)の形式になっており、裁判では調書(本人が自白した内容)として扱われてしまった。
また、誓約書(裁判では調書)にサインさせる過程で捜査協力をしてほしいと、金子氏に伝えてサインをさせている点も警察側の悪意を感じた。
罪状認否を飛ばして裁判が始まってしまった
裁判が開廷される時に起訴状(検察の言い分)の朗読が終わり、裁判官が「検察側の朗読した起訴内容に間違えありませんか?」と質問に対して金子氏側の弁護士が「罪状は何ですか?」と質問を間髪入れずに検察側に投げて、検察側が「起訴状の通りです」を繰り返すシーンがあり、裁判官が見かねて「罪状認否は保留にして事件の審理を始めます」と裁判が始めるシーンは突っ込みたかった。
わかりやすく説明すると、罪名は著作権法違反幇助だけど、罪状(どの部分が違法だった)を検察は説明できず、裁判所は把握しないまま裁判が始まった状態。
国家機関の権限が強すぎる
金子氏が逮捕されて保釈金を払って保釈された物の、保釈条件(映画では特に言ってなかった)の中でパソコンに触れない、家族に連絡できないという内容が含まれており、特にプログラミングができない事に金子氏が嘆いており、辛さが少し分かる気がした。そもそも、警察側がガサ入れでパソコン押収しているのにそこまでやる必要あるのかは疑問。怖いのがエンジニアがパソコンに触れられないってことはイコール失業なので、マジで人生狂う。
無罪の場合の社会的な信用回復が難しい
世の中の風潮が逮捕=有罪という認識になっているので、その後無罪になっても名誉回復が難しいという点があげられる。ガサ入れ=物の押収だとすれば、逮捕=身柄の押収なので、証拠集めの一環であってそれで有罪みたいな扱いするのはちょっと違うと思った。
裁判の争点
検察側の主張としては、著作権法違反を助長する目的があった。弁護側の主張としては著作権法違反を助長する目的ではなく、興味本位でソフトウェアを開発したといった内容で裁判を争う映画でした。
裁判ではそれぞれに立証責任があるが、検察側は証拠を固めて起訴しているので、弁護側がどうやって著作権法違反を助長する目的では無かったかを証明するかを模索するという部分も見どころだと思います。
まとめ
1審 有罪、2審 無罪、最高裁で無罪となるわけですが、幇助って罪が曖昧なことを考えると、例えばwinnyが商用化されたソフトウェアで、サブスクで有償化していたら、有罪になったのか?無罪になったのか?アフェリエイトで広告収入を得ていたら、有罪になったのか?無罪になったのか?と考えると他人事では無いと感じてしまいました。